(ナレーション:常田富士夫さん)



(木枯らしの吹く音)




昔々・・・


佐渡の加茂村に、武右衛門(ぶえもん)という長者どんが・・・・
おりました・・・。




ところが武右衛門は・・・それはそれは強欲で、爪の垢ほどの
情けも知らぬ・・男でした・・・。




ある晩、加茂湖のほとりに佇み・・・

武右衛門
「俺は、この湖を一日も早く埋め尽くして・・・
佐渡で一番の長者に、なりてぇ・・・」

と、呟きました。


(武右衛門の隣には使用人の長兵衛が立っている)


広い湖のあちこちには・・海女舟が、胡麻でも撒き散らしたように漁をしていました。

が・・・急にその時風もないのに水面が、ざわざわとさざ波を立てました・・・。


武右衛門「何か動かなかったかぁ・・・?」

長兵衛「いえ・・・。」






(朝。
 
 小鳥のさえずりが聞こえてくる中、自分の部屋にいる武右衛門。


 トントントン・・と足音が聞こえてきて、部屋の障子が開き使用人の女が入ってくる)



召使いの女
「旦那さま旦那さま、加茂湖の漁師たちがこれ以上湖を埋められては
 漁が出来ぬとおしかけてきておりまーす。」



武右衛門「やかまし・・!加茂湖はわしの物じゃ。
       漁師の言うことなど放っとけい!・・今におとなしくなる。」


召使いの女「でもぉー・・・・。」


武右衛門「でももクソもない・・!
      
      あの湖は土地の者から高い金で、・・・買い上げたもんじゃ。
      
      お奉行様もそれは認めておる・・・・。」





(和室の中で、武右衛門が奉行に賄賂を贈っている様子が映し出される。
 賄賂を受け取る奉行を見て、武右衛門はニヤリと笑う。)     




武右衛門「いざとなればお奉行様が動いて下さる。心配せんでよい・・。」







(武右衛門の屋敷の玄関先に漁師たちが大勢詰め掛けている)

漁師「おらたちの加茂湖を汚してはなんねぇ!!」

漁師「魚がすめなくなったら、どーするっ!!!」

漁師「これ以上加茂湖を埋め立てちゃなんねぇ!!」







でも・・・





埋め立て工事は、漁師たちの声を無視してどんどんと進みました。





長かった冬も終わり・・・湖の形もすっかり変わり、夏には青々とした水田が広がるのを、

武右衛門は楽しみにしておりました。






そんな・・・ある朝。


(武右衛門と使用人の長兵衛が連れ立って歩いていると、後ろから漁師の茂兵衛が
 追いかけてくる)


茂兵衛「長者さまー!長者さまあぁぁーー!!
    
    私は加茂湖の漁ー師でございます!長者さま、お願えでございます!
    湖をこれ以上埋め立ちまうと、漁場が汚れちまってわしら漁師は生活していけねぇんです!
    何とか工事を中止して湖を汚さねえで下せえー!」

武右衛門
聞く耳持たん(即答)。」

茂兵衛「お願えでございます!お願えでございます・・・!

武右衛門「長兵衛行くぞ!」
長兵衛「へぃ・・・」


茂兵衛「・・・・・ぁぁ・・・・・。」

(がっくりとその場に座り込み、落胆する茂兵衛であったが・・・
 
 ふと見ると、道端に大きな石が落ちているのが目に入る。
 
 思いつめた表情の茂兵衛は、その石にそっと手を伸ばす・・・)







茂兵衛「・・・悪ー党めえぇぇぇ!!

(両手で大石を高々と持ち上げ、武右衛門に向かって走ってくる茂兵衛!)

長兵衛「旦那さま、危ない・・・!」


(長兵衛が目をつぶった瞬間、ドスッ!という鈍い音と、人が倒れた音がする。

そっと目を開けると、武右衛門が腰に差していた刀のさやで茂兵衛を滅多打ちにしていた)


武右衛門
「領地一帯を収めとる長者、武右衛門に!立て付くとはぁっ!!

ふてえ野郎だっ!おぅっ!えぃっ!これでも食らえっ!おおっ!おうっ!


(武右衛門にさんざん刀のさやで殴られたあげく、脇腹に何度も蹴りを入れられる茂兵衛。
 長兵衛は慌てて止めに入る)


長兵衛「旦那さまもうこれぐらいで、旦那さま・・・!」

茂兵衛「ぅぁぁ・・・・」







(その後、自分の部屋でくつろぐ武右衛門だったが、ハッとしたように顔を上げて言う)

武右衛門「なに・・!?・・・漁師どもがお奉行所に、訴え出たじゃと!!?」







(奉行所。

白州に武右衛門と茂兵衛が平伏している。)



奉行「・・通りの者おもてをあげぇぇぇいっ!!

(顔を上げる二人。)   

奉行
「(ぅぉーっほんっ!と、大きく咳払いをして)
長者武右衛門・・・」



武右衛門「はっ、ほぅ・・・」


奉行
「この方の訴えによれば佐渡一番の長者になりたいがために加茂湖を埋め立て
 田畑(でんぱた)を増やし・・・

 余りあぁる財産を十倍二十倍いやー百倍にしたいと目論んでいるとは・・
 誠かぁ・・?」




武右衛門「はい。・・いえ、とんでもございません。お奉行さまはよく、ご存知のはず。
   
   私どもは民百姓の幸せを願えばこそ、加茂湖を埋め立て田畑を増やs・・

奉行
「やっかましいいぃぃ!

 やいぃっ!やいやいやいー長者武右衛門!!

 民百姓の幸せを願えばこそ湖を埋め立てたじゃと?
   
 聞いた風なことをぬかすな。
 ・・あの湖はな、天からの授かり物じゃ。
   
 百姓は先祖代々生活用水として利用し、漁師は魚を獲って・・
 それを生活の糧としてきたのよぉ。
    
 子供達が将来安心してこの土地に暮らすことが出来るのも、湖があればこそじゃぁぁーー。」


武右衛門「しかしっ、お奉行さま・・・!





奉行
「しかしもかかしもありゃあせん!!


  ・・漁民や百姓の心配を思うと、八つ裂きにしても余ぁぁりぃあるっ!!!」


武右衛門「はっ、はぁぁっ・・・」







奉行「が・・・しかし、しかし、しかしー、漁師茂兵衛ー!!
   
   その武右衛門に石をぶって一人制裁を加えんとしたことはぁー言語道断、

   悪行のぉー極みぃこの上なし!
   
   よって、お国払いといたす。直ちにこの佐渡の国から出て行け。
  
   二度とこの地へ足を踏み入れるでなぁいぃぃぃっ!!!








   ・・・よって武右衛門は、無罪放免。





武右衛門「はっ、はぁっ。」
   



奉行
「 こ れ に て 一 件 落 着 ! ! 」



(奉行は奉行所の奥に戻ってしまう。白州でひっくり返る茂兵衛)

茂兵衛「あっりゃぁ・・」





お裁きが終わって、奉行所を出た武右衛門が秋津村の坂道にさしかかった頃・・・
長い春の日はとっぷりと暮れて、空には月がのぼっていました。

坂を下り、長江川(ながえがわ)の近くに来た時・・・


すぐ前方に・・・・うら若い女子(おなご)が・・・立って・・いました。。



(武右衛門は女に近づいていき声をかける)

武右衛門「姐、どこまでいくのじゃ。」

女子「あたしは釜屋村まで・・・・」

武右衛門「女子の一人歩きは物騒じゃ。・・・わしが送ってやろう。」

女子「それはそれはご親切に、ありがとうございます。
   ・・・月が出ているとはいえ、女の一人歩き・・・
   
   心細くて・・・・

(その時女の目がギラリと武右衛門を睨み付けているのを、長兵衛は見てしまう)






長兵衛
・・・!?・・旦那さまぁ、この女子身のこなしといい言葉使いといい、
 釜屋の炭焼きの娘とは思えません。
 
 関わりあいにならんと先を、急ぎましょぅ・・・・!」

武右衛門「・・・心配いらん・・!お前は先に帰っておれ。」





そう言って・・・・提灯をひったくると、
武右衛門は娘の肩を抱くようにして釜屋に向かって去って行きました。





長兵衛「あの女子、生のあるもんとは考えられねぇ・・・・
     
     いや心配するこたぁねえ。あの武右衛門さまじゃ。
     今頃娘の手を引いてほぉくほく喜んでいるに違ぁいない。」

奉行「武右衛門に一言伝えたいことがある!」

長兵衛「わっ!お奉行さま・・・」

(長兵衛は慌ててその場にひれ伏す。
 
 チャカチャカチャカチャカ・・・と佐渡おけさの音楽に乗って、奉行は狂ったように踊りだす!)




(暫く踊った後、ドサッ!とその場に倒れこむ奉行。)

奉行「あの娘は生ある者にぃ・・・」

長兵衛「ぅわっ!・・・死んどる!!
    
    大変じゃ!
    旦那さまぁー!!大変じゃああぁぁーーー!!





(慌てた長兵衛は急いで武右衛門の後を追いかける。
 
 すると、暗い夜道の真ん中に提灯が落ちていた・・・・






 恐る恐る提灯を拾い上げ、前方を照らしてみると・・・







長兵衛「あ゛あ゛っ!!」






 さっきの女が武右衛門の首筋に噛み付いて血を吸っていたのだった!!

女「ハー・・・・ハー・・・・・ハー・・・・」

(女の口から、血がタラタラと流れ落ちる。





 長兵衛に気付いた女が、閉じていた目をカッ!と見開いた途端、
 
 長兵衛の持っていた提灯がボォッ!と燃え上がる!)




長兵衛「あぁっ!ちちちち!!・・・あち・・・」


(慌てて提灯を投げ捨て、その場に座り込む長兵衛。前を見ると二人がいない・・・)
 




長兵衛「・・・?」





(次の瞬間、呆然とする長兵衛の後ろに白い目に青い顔の武右衛門が
 女と寄り添って現れる!)


武右衛門「どうした長兵衛・・・・?」

(ぎょっとして恐る恐る後ろを振り返り、腰を抜かす長兵衛)

長兵衛「・・・わっ!?いつの間に、後ろに・・・!?」

武右衛門「・・・先に帰ってよいと言うたぞ、何をしとるぅ・・・?」

長兵衛「そそそその女子は・・・・?」

女「あたしが・・・何か・・・??」

長兵衛「いぃーえーその・・・・・・」





(スウッとの長兵衛の前を横切る二人。長兵衛はガタガタ震えながら呟く)




「あの女子やっぱり魔性の女・・・・」




(その時、目の前の2人がいきなり水の渦巻きとなって長兵衛にぶつかった後、
消えてしまう。)


長兵衛「・・・?
    
    どこへ消えちまったぁ・・・?旦那さまぁーーー!!






(長兵衛が走っていくと、そこは加茂湖であった。湖を見渡す長兵衛。

 と、その目に武右衛門と女が湖の上で佐渡おけさを踊る姿が飛び込んできた!







長兵衛「あ・・・ああっ!?旦那さまぁー・・・!?」






(水面の上で、佐渡おけさのチャンカチャンカチャンカ・・・という軽快な音楽に乗り、
恍惚とした表情で狂ったように踊る二人・・・。 
 
長兵衛は唖然として暫くそれを見つめていた・・・)





長兵衛
「踊っておる・・・・!
武右衛門さまが水の上で、踊ってぇぇおるぅぅ・・・・!!!」





(武右衛門と女は全く水に沈むことなくひたすら踊り続ける・・・
 我に返った長兵衛は、叫び声をあげながら一目散にその場を逃げ出す)


長兵衛「うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーー!!!!」




長兵衛の知らせに村中火がついたような・・大騒ぎとなり・・・
村の若い衆や漁師があちこちから舟を出して、武右衛門を探しました・・・

しかし水の上で踊る武右衛門の姿はどこにも・・・見当たりませんでした。





やがて・・・


短い春の夜が白々と明けた頃、武右衛門の亡き骸が暗い湖の底から・・・
浮かび上がって、きました。。


長兵衛「旦那さま・・・!」





村の衆は口を揃えて・・・

「こりゃあ・・・・加茂湖の主の仕業に・・・・違いねえ・・・・!」

と・・・囁きあい・・・





湖の恐ろしい仕返しに、恐れ・・おののいたと・・・いうことです・・・・。







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